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農仕事と里山の暮らし。
ローカルの豊かさを知った。

移住者インタビュー

中土佐町 中里早紀子さん

農業(中里自然農園)

■美しい海、山のまち、中土佐町。

高知市中心部から西へ、高速道路で車を走らせること1時間と少し。太平洋に面する高知県中土佐町は、新鮮な魚や農産物がそろう食の宝庫で、美しい海岸線から渓谷美まで、海、山、川と風景に幅があるまちだ。

神戸市生まれの中里早紀子さんは、東京の広告代理店勤めから一転、この中土佐町で暮らし、夫の拓也さんとともに有機農業に取り組んでいる。

■多忙の中で、高知に出会う。

早紀子さんは大学まで地元・神戸で暮らし、卒業後、ダイビングの雑誌を制作する東京の出版社に就職した。「その頃、ダイビングが大好きで、やりたいことを追っかけた結果がたまたま東京だったんです」。3年間働いた後、働き方を緩めようと、派遣会社に登録。その先が広告代理店の事務職だった。チャンスをもらい、正社員になったものの代理店勤務は「激務でした」。

その間、旅好きでもある早紀子さんは忙しい中でも休みを使って各地を旅する。そのうち、「ローカルには、風土に根付いた大事な”何か”があるのではないか」との思いが深まっていったという。30歳の頃、東京の友人が結婚して高知へUターンしたことで、高知に縁ができた。友人を訪ねて高知へ行くたびに、地域の魅力にはまっていった。

「食べ物はおいしいし、自然は豊かだし、出会う人、出会う人、本当にいい人ばかり。バスの運転手さんに、バス停から離れた私の目的地に連れてってあげようかって言われたりとか。でも、これまでの経験から言えばありえないことだし、怖かったので断りましたけどね(笑)。今ならそれが、純粋な親切心だとわかります」

■人生の先を考え、移住する。

30代後半、仕事は大変ながらも、やりがいがあった。ただ、納期や取引先の事情が優先される仕事に、将来の自分を改めて考えるようになる。

「日付がわからなくなるほど、多忙でした。10年先の自分が思い描けなかったのです。疲れもあったと思います。無性に今の生活から転機がほしくなりました。いますぐというわけではなかったけれども、前から興味があった地方へ、移住してみたいと思ったのです」

手がかりを探すように、移住情報がそろう東京・有楽町の「ふるさと回帰支援センター」で、高知県のブースをのぞく。そこで、高知県東部地域の観光協会の求人に目がとまり、「これを逃したら後悔する」とその週末、飛行機に乗って現地へ向かった。トントンと採用が決まり、2016年、安芸市へ移住した。

■日常にあふれる、この幸せは一体何。

そこは、これまで重ねた都市生活とは別世界だったという。「満員電車でストレス抱えて通勤するのではなく、自転車で健康に通い、自宅からは海まで徒歩1分。野菜や魚がおいしい。この幸せはなんだって思いましたね(笑)。一言で言えば、気分爽快。空間も心も、開放される感じでした」

そしてふたたび、転機が訪れた。あるテレビ番組がきっかけで早紀子さんは、今の夫・拓也さんと出会うことになる。

■人生の伴侶と農業と。さらなる転機。

中土佐町で有機農業をしていた拓也さんも、実家は神奈川県。アメリカで生物学の研究をしていたが、「学生に教えることが苦手で」、帰国後は祖母の家があったこのまちで農業を始めた。そんな拓也さんと会って話をするうちに、人柄と有機農業という生き方に共感を覚えた。

農業のチャンスと人生の伴侶を得て今、小さな集落で暮らし、働く。中里自然農園は早紀子さん曰く、拓也さんが“栽培部長”、早紀子さんは“営業部長”。日の出とともに起き、自分たちで作った野菜を食べ、夜は早めに消灯する日々だ。

「公民館で私のお披露目会があったんですけど、“総代”にあいさつしてもらったり、地元の人たちとお酒を飲んだりして、地域にどっぷり浸かっていく感じが楽しかったです。私が農仕事をしていたら、暑うないかよ〜?ってわざわざ自分の家のパラソルを持ってきてくれたり、頑張っちゅうね〜って声をかけてくれたり。田舎暮らしで困ったことないですかってよく聞かれるんですけど、本当になくて。“普通”の暮らしが最高に幸せなんです」

■真の豊かさ、生きる安心感。

中土佐町で暮らし、田舎の地域、人の“強さ”も知った、と早紀子さんは言う。
「たとえどんな状況になったとしても、生きていく力がここに暮らす人たちはあると感じます。都会は確かに便利なものにあふれているけれど、こっちは何も持たなくても根本の、生きる力があるのが強いなって感じます。そういう力はもちろん夫にもあって、地域や人から生きるパワーをもらう。安心感を覚えますね」

それが、中土佐に暮らしてはじめて知った、本当の意味で暮らしが満たされるという実感だ。地域にどっぷり浸かることでできた人との深いつながり、土に触れることで与えられるエネルギー。早紀子さんは改めて、地方暮らしの豊かさを噛みしめている。

文:ハタノエリ 写真:徳丸哲也

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