あかうしの職人
「ヘルシーで肉本来の旨味が楽しめる」と、昨今ブームとなっている赤身肉。高知の「土佐あかうし」は、そんな赤身肉を代表するブランド牛のひとつです。その希少さゆえに“幻の和牛”とも称される土佐あかうしの畜産と普及に尽力する、秋山裕二さんにお話を伺いました。
「ヘルシーで肉本来の旨味が楽しめる」と、昨今ブームとなっている赤身肉。高知の「土佐あかうし」は、そんな赤身肉を代表するブランド牛のひとつです。その希少さゆえに“幻の和牛”とも称される土佐あかうしの畜産と普及に尽力する、秋山裕二さんにお話を伺いました。
土佐あかうしの畜産業をはじめた経緯を教えてください。
秋山:僕は高知の大豊町生まれで、工業高校を卒業して大阪の建設会社に就職しました。でも、大阪ではうまくやっていける自信がなくて。妻と結婚したのをきっかけに、地元の高知に戻ることにしたんです。
高知では、契約社員としてしばらく働いていましたが、妻のお父さん、つまり義父が「牛飼い」の仕事をしていて。週末に義父の手伝いをしているうち、牛飼いの仕事に興味が出てきて、自分でやってみたいと思うようになりました。動機は単純なんですが、牛たちがとてもかわいらしく思えてきたからなんですよ。
土佐あかうしはどんな牛なのでしょうか?
秋山:土佐あかうしは、和牛4品種(黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種)のうち高知県内でしか改良されていない褐毛和種・高知系のことで、サシが少なくヘルシーな赤身の美味しさが特徴です。以前は牛肉といえばサシがたっぷり入った黒毛和牛が圧倒的人気だったので、土佐あかうしはそれほどニーズがなく、年々生産数が減っていたんです。一時はわずか3,000頭にまで減少していました。
人気がなかった土佐あかうしは、どうやって復活を遂げたのでしょう?
秋山:この危機的状況から土佐あかうしを守ろうということで、高知県、JA、生産者らが一体となって「土佐和牛ブランド推進協議会」が発足し、赤身の美味しさが際立つ“幻の和牛”としてブランド化する取り組みが始まりました。
高知県畜産振興課の担当者が中心になって、「土佐あかうしのような赤身肉は、塊で調理するヨーロッパの料理でこそ実力を発揮する」と、本場で修業を積んだ都市部のシェフに向けて売り込んだところ、「余分な脂が控えめで上品な美味しさ」と評価され、現在の赤身肉ブームの先駆けになりました。
育て方のコツなどはあるのでしょうか?
秋山:そうですね、仔牛の間は炭水化物やタンパク質が多く含まれるとうもろこしなどの濃厚飼料をできるだけ少なくし、健康的な食生活をさせることですかね。そうすることで、成牛になったときに脂が控えめになります。もちろん、同じ土佐あかうしでも、育てる人によって飼料の配合や量などの違いはありますけど。
秋山さんは土佐あかうしの畜産農家としては珍しく、分業でなく一貫生産されているそうですね。
秋山:畜産農家の形態はそれぞれですが、僕は繁殖から出荷まで一貫して手がけています。一貫生産は収入になるまで非常に時間とコストがかかるので、現在ではかなり少ないんじゃないでしょうか。効率は悪いかもしれないですが、義父もこのスタイルでしたし、やはり自分も一から育てた牛を買ってもらえるまで見届けたい思いがあります。「秋山さんの牛しか買わないよ」と言ってくれる方もいるので、今後も一貫生産でやるつもりです。
今後の目標や挑戦したいと考えていることはありますか?
秋山:2020年4月、高知県が「Tosa Rouge Beef」という新たな土佐あかうしの評価基準をつくりました。これからも土佐あかうしのブランドを支える質の良い肉を生産して、期待してくれる人を裏切らないようにしたいです。
また、個人的に挑戦していることは「食育」です。畜産業をしていると「牛がかわいそうになったりしませんか?」と聞かれることがありますが、牛の肉を食べることは大切な命をいただくことだから、かわいそうというよりは感謝しているという感じです。このことをしっかり伝えていきたい。以前、地域の小学生に牛舎を見学してもらい、生きている牛たちにふれてもらった後で、肉を焼いて食べるという食育イベントをしたことがあります。子どもたちはどう感じるかなと少し心配していましたが、美味しそうに食べてくれたし、命の大切さも感じてくれたように思います。
最後に。
高知市を含む「れんけいこうち広域都市圏」では、二段階移住を推進するプロモーションとして、2019年に「#田舎暮らしは甘くない」を展開しました。秋山さんにとって、田舎暮らしはどんなものでしょうか?
秋山:僕は高知生まれですが、それでも田舎暮らしは甘くないと思います。このあたりは他府県からの移住者がたくさんいますけど、「自分はこれがやりたい」という目的や信念を持っている人が多いですね。それでいながら、地域住民や家族の意見にも耳を傾けることのできる人が移住に成功している印象です。自分のやりたいことだけを優先するのでなく、他人の気持ちも考えられるバランス感覚が大事なんじゃないでしょうか。
秋山裕二
高知県大豊町出身。高校卒業後、大阪の建設会社に就職。結婚を機に高知県へ戻り、義父の畜産の仕事を手伝ううちに牛の魅力に引き込まれ、Jターンで本山町へ移住。夫婦二人三脚で土佐あかうしの畜産と普及活動を行う。