七面鳥の職人
清流・四万十川の源流点から上流域に位置する中土佐町大野見は、日本でも数少ない「七面鳥」の生産地です。アメリカ留学時代に七面鳥の魅力を知り、自ら七面鳥の生産事業に取り組むとともに、その普及と継承に向けて奮闘する、松下昇平さんにお話を伺いました。
清流・四万十川の源流点から上流域に位置する中土佐町大野見は、日本でも数少ない「七面鳥」の生産地です。アメリカ留学時代に七面鳥の魅力を知り、自ら七面鳥の生産事業に取り組むとともに、その普及と継承に向けて奮闘する、松下昇平さんにお話を伺いました。
今日はよろしくお願いします。
松下:よろしくお願いします。で、いきなりすみません!今回は「七面鳥の職人」というテーマで取材に来ていただいたのですが、現在は防疫が非常に厳しくなっていて、七面鳥の飼育場をご案内できないんです…。本当に申し訳ありません!
いえいえ。そういった事情でしたら、仕方がないですもんね。
それではまず、松下さんが中土佐町に移住した経緯を教えてください。
松下:僕は高校時代にアメリカのテネシー州に留学、大学は日本体育大に進学しました。大学ではトライアスロン競技をしていて、卒業後に開催された「第1回 中土佐タッチエコトライアスロン」に参加したのが、中土佐町との出会いでした。
大会当日は、沿道がのぼり旗代わりの大漁旗で埋め尽くされ、町の人たちがずっと声援を送ってくれました。手作り感にあふれ、とても温かい大会でした。大きなスポンサーがつくようなクールなトライアスロン大会は世界各地、全国各地にありますけど、僕には中土佐町のトライアスロンがどこよりも格好よく見えたんです。
トライアスロンが、松下さんと中土佐町をつなぐきっかけだったんですね。
松下:はい。大学卒業後はスポーツ振興の仕事に就きたいと思い、大阪の自治体職員として働いていましたが、3年契約だったので他にスポーツ振興の仕事ができるところがないか探していて。そんな折、高知県の移住相談会に参加したんです。トライアスロンで縁のあった中土佐町のブースに行ってみると、「お兄さん、七面鳥知ってますか?中土佐町大野見の名物なんですよ」と。実は僕、アメリカ留学中に七面鳥をよく食べていたんです。
日本では、七面鳥はあまり馴染みがないですよね。
松下:ええ。ですが世界では、七面鳥は高タンパク食材としてわりと一般的なんです。アメリカの学生アスリートたちは、学食でターキーサンドを食べていたくらいですから。そんな自分自身の経験もあって、七面鳥と関わることができるのなら中土佐町大野見に移住したいと思いました。
大野見地区と七面鳥の関わりについて教えてください。
松下:もともと、七面鳥は日本の皇室が西洋の食文化を知るために取り入れたものです。かつては「月刊七面鳥」という雑誌もあったくらいで民間にも広がりつつあったんですが、いったん下火になり、戦後に各地で飼育されるようになりました。大野見もその1つですね。
大野見の七面鳥の味はどうですか?
松下: アメリカで食べていた七面鳥も好きだったんですが、それと比べると大野見の七面鳥「しまんとターキー」は肉質がしっとりしていて、旨味が深いように感じます。味付けも塩胡椒だけで充分です。この素晴らしさを全国に広めていきたくて。
「しまんとターキー」の魅力を伝えるために考えていることは?
松下:そうですね…いま、日本で七面鳥を食べるとしたらクリスマスくらいですよね。七面鳥が日本に根付いていないのは、人々の生活や文化と紐付いていなかったからだと思っていて。例えばアメリカでは、11月の感謝祭(Thanksgiving Day)に、家族みんなで七面鳥の丸焼きを食べるのがならわしです。お正月のおせち料理みたいなものですね。近年、日本でもハロウィンやイースターなどの西洋文化が定着してきているので、感謝祭の文化とともに広めていけたらと思っています。
現在は「しまんとターキー」に加え、「テナガエビ」の養殖も手がけているそうですね。
松下: はい。高知の食材「テナガエビ」は、近年漁獲量が激減しています。1990年代は年間40tあった漁獲量が、今やわずか1t程度。このままではいけないということで、中土佐町と地元企業が共同でスタートさせた養殖事業を僕が引き継ぎ、2020年には稚エビの量産に成功しました。世界的に事例がないことから世界初と言われることもあります。テナガエビのような高タンパク食材はこれからさらに需要が高まることが予想されるので、大野見から全国へ、そして世界へと広げるビジネスチャンスだと思っています。
そのほか、「中土佐町スポーツ振興監」のお仕事もされているとか。
松下:大野見地区では、子どもの減少によりチームスポーツの編成が難しくなっています。実施できるスポーツに今後限界が来るかもしれない。大野見の子どもたちがさまざまなスポーツに触れる機会を…ということで、元アスリートの経験を活かして、僕が週1回小学校を訪問し、いろんなスポーツや身体の動かし方を教えています。と言っても、一緒に遊びながら教えているという感覚です。時には、四国アイランドリーグplusのファイティングドッグスの選手に野球を教えてもらったり、母校の日本体育大から陸上選手を招いてトレーニングしたりすることもありますね。
身体に良いものを食べることと同じくらい、身体を動かすことも大事です。それが本当の食育だと思いますし、それを教えるのは元アスリートの自分だからできることだと思っています。
最後に。
高知市を含む「れんけいこうち広域都市圏」では、二段階移住を推進するプロモーションとして、2019年に「#田舎暮らしは甘くない」を展開しました。松下さんにとって、田舎暮らしはどんなものでしょうか?
松下: 仕事あっての田舎暮らしだと思っています。僕は「七面鳥の仕事がしたい」という気持ちだけで移住をしました。その移住先が、中土佐町大野見であり、仕事をしながら地域への理解を深めています。素晴らしい土地であり、多くの素晴らしい人たちに日々助けられています。仕事の拠点として最高の場所です。
地域の活性と疲弊は紙一重だという責任も感じているので、土地の歴史と自分の仕事の進めていきたい方向性をうまくかみ合わせていけるよう、心がけて生活しています。
松下昇平
大阪府藤井寺市出身。2004年、米国テネシー州テネシー明治学院高等部に留学。アメリカのスポーツ文化(特にスポーツシーズン制度)を学ぶうち、伝統的な食文化「七面鳥」に出会う。その後、日本体育大学に進学。専門はトライアスロン。国産七面鳥生産事業を継承することを目的に2017年高知県中土佐町に移住。七面鳥生産に関する事業を学び、2020年に「松下商店」を創業。同年、世界初とも言われるテナガエビの稚エビ量産に成功。
https://matsushita-company.jp