土佐史研究家 広谷喜十郎

216白ツバキ伝承-高知市広報「あかるいまち」2002年2月号より-
  春を告げる花にツバキの花があり、「椿」と書いているのは、それに由来しているという。わが家では十年前に幡多郡十和村で幻の古代紫草を復活させた知人から苗をもらい受け、庭に清楚な白い花を咲かせたことがある。それ以来、全国各地にある紫草を訪ね歩いている。奈良の春日大社の万葉植物園では一本だけの鉢植えがあっただけであるから、まさに幻の草花になっている。
                                                      ●薊野の椿神社薊野の椿神社
  奈良の三輪山のふもとにある日本最古の公設市場で「紫は灰さすものそ海石榴市の八十のちまたに逢へる児や誰」(万葉集)と歌われているように、紫根から紫色を染めるときにツバキの木灰を利用していた。聖徳太子の冠位十二階制では紫色を第一位としていたので、ツバキの木灰の利用価値は非常に高かったと言える。そこで椿山伝承にもつながる場所を訪ねているが、一昨年には伊勢国(三重県)の一の宮である椿大神社などへ参拝に行ってみた。

 若狭国(福井県)小浜で地元の漁民が釣り上げた人魚の肉を食べた娘が八百歳まで生きて尼となり諸国を廻国したので、この八百比丘尼伝承が全国的に流布し、須崎市にもゆかりの加茂神社がある。そして、若狭の寺院にある比丘尼の木像は、手に白玉ツバキを持っているという。そこで白ツバキの木は、長寿伝承と結び付き、信仰の対象の樹木となって各地に存在している。  例えば、高知市内の有名な薫的神社の境内には、薫的和尚の師で高僧として名高い牛的和尚を祀る白椿神社がある。また、薊野コミュニティ計画推進市民会議が設定したコースの一つに椿神社があって掲示板に「祭神は白椿神といわれ、古くは白椿大明神としていた(略)目の病気に御利益があると伝えられ、お願ほどきには椿の木を植えることになっている」と記述されている。  さらに、高知市朝倉の鵜来巣山の「朝日夕日さす椿の下に黄金千両漆七桶」、安芸郡東洋町の「九里いて九里きて九里かへる旭かがやく白い椿の咲く丘に」などという黄金伝承とも結び付いている。それに、窪川町にあるお雪椿に見られるように、地域の開発に貢献した人たちの霊魂安かれとツバキの木を霊樹として植えられているものが各地にある。



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