はるの昔ばなし
竜の池
秋山、種間寺の南の谷間に周囲二百メートル程の池があります。
昔から竜の池の名があり、竜がこの池に棲んでいたと言われ、また、底は西畑〔さいばた〕の天渦〔あまど〕の渕と通じているとも言われています。戦後、一度この池を干してみようとしたことがありますが、動力ポンプを一日中掛けたけれど半分しか干すことが出来なかったそうです。
池の北側の岸辺に灯明の松といういわれの深い松がありましたが、戦後になって枯れてしまいました。南側の岸近くに小さな祠がありますが、これは竜王をおまつりしたものです。
※ ※ ※ ※
昔、ある老夫婦が子どもを授かるようにとこの竜王様にお祈りしました。霊験あらたか間もなく一女を恵まれ、お竜と名付けて蝶よ花よと慈しみ育てました。
お竜は成長するにつれて近郷に稀〔ま〕れな美人となりました。そして村の若衆〔わかしゅう〕数名から頻りと慕われましたが、お竜の心は弥助という貧乏人の男に傾いていました。
二人は人家を離れたこの池のほとりで逢瀬〔おうせ〕を楽しんでいましたが、他の若者たちも毎日のようにお竜に返事を迫っていました。返答に困ったお竜は、ある日弥助や他の若者たちを集め、一つの美しい玉を示して
「この玉を池に投げるので、これを拾って来た者の妻となりましょう。」
と言い、玉を投げ入れました。
若者たちはすぐに飛びこんで探しましたが、誰も見付けることが出来ませんでした。その晩、お竜は弥助を池のほとりにさそい「あの玉は池の中程にあのように光っているではありませんか」と教えました。
あくる日、弥助は池にもぐり玉を探しましたがやっぱり見付けることが出来ず、遂に弥助自身も浮かび上がりませんでした。そしてお竜もこの池のほとりで姿を消し、二度とこの世に現われなかったといいます。
種間寺…たねまじ。四国霊場八十八ヶ所の第三十四番札所です。