はるの昔ばなし
たのきに化かされた重さん
昔、弘岡下ノ村に重さんという人がおりました。みなに、「重さん、重さん」と慕われていましたが、ある時から、この重さんがぱったりとその姿を見せなくなったのです。
「どうしたろうねえ。」
と、みなが不審がりましたが、三日経っても四日経っても帰って来ません。どこへ聞きあわせてもいないとなると、誰言うとなく、
「こりゃ重はたのきに化かされたかもしれん。」
ということになりました。たのきとはたぬきのことで、昔はよく出て来ては里人をたぶらかすというので、みながこわがっていたものです。
部落の人たちは、神官さんに頼んでうかがいを立ててもらいました。すると根木谷の山におるというお告げ――。近頃のコンピューターもかなわぬ超能力!
やんがて、村人総出で鐘や太鼓を使っての山狩りが行われました。
「重よ、出て来ーい。」
とみなが大声で叫ぶと、すかさず鐘が“ちん”と鳴り、その後すぐ太鼓が“どん”、法螺貝〔ほらがい〕が“ぶう”――。あわせて
「重よ、出て来い。」 ちん どん ぶう!
「重よ、出て来い。」 ちん どん ぶう!
と一日がかりで根木谷山をさがしました。
すると、神霊術と言おうか神官さんの予言通り、山の中の大きな木の下にいるのが見付かりました。見付かりましたがすでに冷たくなっていたのです。
しかし、まさしくたのきに化かされたと見え、うどんやまんじゅうを食べたつもりなのか、みみずや馬ふんがまわりにうじゃ、うじゃとなっておりました。重さんは、そんな物を食べてしばらくは生きていたようですが、みんなが見付けた時には、もう冷たくなっていたのです。
はっきりした死因は誰にも分かりませんでしたが、みなは「重はたのきに化かされたわよ」と話し合いました。昔のお話……。