はるの昔ばなし
ほうの坂のしばてん
しばてんの話は実は方ぼうにありますが、これは仁ノから秋山へ越す「ほうの坂」での話です。
昔、仁ノに弥吉というおおどんすの相撲とりがおりました。夏祭のお客によばれて秋山の親戚へ行っていましたが、日が暮れて山を越えて帰ることになりました。
秋山から仁ノへ……大分歩いてほうの坂まで来た時、突然七つか八つくらいと見える小坊主が出て来ました。「おんちゃん、相撲とろう。」というのです。
「なんの、このこびんすが――。」
と、あしらうつもりで手を出したところが、たちまちドスーンとやられました。
「こん畜生!わやにすな。」
と、もう一度引っつかんだところ、またもドスーンとやられました。
カンカンになった弥吉は、こんどは自分の方から掛かって行きました。相撲が得意の弥吉です。さすがの小坊主もひとこらえも出来まいと思いのほか、押しても引いてもビクともしません。
一方、仁ノの家では、弥吉の帰りが遅いので提灯〔ちょうちん〕をつけて迎えに出ました。ほうの坂まで来ると、道ばたの桑の古株を抱いている弥吉が見つかりました。
「おまん、何しよる。」
と言うと、
「何もかもあるか。こいつがどうしても参ったと言わなあや。」
と言ってうんうんやっています。
「あほう言いな。そりゃ桑の古株ぞ。」
と言うと、弥吉も
「まこと桑の株じゃ。こりゃどうしたろう。」
と目をぱちくりです。お客に着て行った上等の着物も破れさがいてどろどろです。つまり、弥吉はしばてんにばかされて木の株と相撲をとっていたのです。
(注、 おおどんす=大男。こびんす=体の小さい子ども。……仁ノ地方に残っている方言です。)
しばてん…「柴天狗」とも書きます。高知に棲むというカッパに似た妖怪で、相撲好きといわれています。
お客…高知では宴会を意味します。
わやにすな…土佐弁で「ばかにするな」という意味です。
破れさがいて…土佐弁で「~さがす」は「~散らかす」などの意味があり、ここでは「あちこち破れて」という意味です。