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高知市春野郷土資料館外観

はるの昔ばなし

“巳”の絵馬

 

 昔ばなしと言っても、これはそう昔の事ではありません。

 甲殿の住吉神社には絵馬がたくさん残っています。武者絵・芝居絵などの大きい絵馬に交って、小さい“巳”の絵馬が一つあります。見たところ、どこのお宮さんにもあるような絵馬ですが、これを上げるようになったところにわけがあるのです。

 ふつうお礼の奉納絵馬といえば、自分の生まれ年の干支〔えと〕の絵馬を上げるものですが、この“巳”の絵馬は少しちがっています。

 昭和二十一年、甲殿の南部落に土居時馬さんという人がありました。その頃六十七、八だったようですが、おそ春の一日、三谷へ筍〔たけのこ〕掘りに出掛けました。前まえから、三谷には大きな蛇がおる、という話がありましたが、時馬さんはこの時はすっかりそれを忘れていました。

 孟宗藪〔もうそうやぶ〕の近くまで行くと、筍があちこちに頭を出しています。嬉しくなった時馬さんはその一つに近寄りました。その時、筍の蔭から一升徳利〔とっくり〕程の丸太のようなものがにゅうっと立ち上がりました。

 驚いたの驚かないの、時馬さんは心臓が止まったかと思いました。大きな蛇なのです。三尺程立ち上がった大蛇が鎌首を立ててにらんでいるのです。とっさに五、六歩逃げた時馬さんは大きな樹の蔭にかくれました。そうして

 「土居時馬一生のお願いでございます。どうか私をお助け下さい。」

と、一心に住吉様に祈りました。

 眼をあけてみるともう蛇はいませんでした。時馬さんは命を拾いました。やっとのことで家に帰りましたが、こんどは妻の栄さんがびっくりです。時馬さんの顔がまっ青です。「どうしたぞね。」と言っても荒い息づかいばかりで時馬さんは返事も出来ません。

 大熱を出して夢うつつの三日間を過ごした時馬さんは、心の中でお礼まいりを誓いました。やがて病気が直るとまっ先にお礼に行ったのですが、今でも住吉様の拝殿をのぞいてみると、たくさんの絵馬の間に、時馬さんの上げた小さい“巳”の絵馬が見えています。

“巳”の絵馬イラスト

 

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