はるの昔ばなし
竹河岸のえんこう
えんこうが人を引っぱりこんだという話はちょいちょいありますが、これはえんこうを引っぱり上げたという話です。
新川川を下へ下へとつけて行くと、諸木平野の南で甲殿川と戸原川とに分かれるところがあります。
このあたりを、土地の人は竹河岸〔たけがし〕と呼んでいますが、昔はここに石畳の堰〔せき〕がありました。堰は幅が二メートル程あったので、水の少ない時は、人びとは近道にしてこの上を通っておりました。
今から三百年余り前、この堰が出来て間もない頃でしたが、ある日、一人の武士が馬に乗ってここへ来かかりました。夕方にも近かったので、近道を、というわけでこの堰の上を通りました。中程まで来ると、馬が大変脚を重そうにします。まるで深田を歩くような格好です。
やっとこちらの岸に着きましたが、そこで馬は立ち止まり、脚元から何か黒いものをくわえ上げました。武士はびっくりして「何だ、これは。」と叫びました。するとくだんの黒いものは地面にはいつくばって、
「私はこの川にすむえんこうでございます。馬を引っぱりこんじゃろうと思って馬の脚にかきついたら、あべこべに引き上げられてしまいました。もう二度としませんからどうか許して下さい。」
とわびました。
「ここから上〔かみ〕ではもう決して悪いことはしません。下〔しも〕の方では仕事をさして貰いますけれども、上では絶対にしませんからどうか許して下さい。」
と、頭を地面にこすりつけてあやまりました。その姿がこっけいでもあり可哀いそうでもあったので、武士は「今のことばを忘れるではないぞ。」と叱っておいてえんこうを許してやりました。
この事があってからは、竹河岸から上の方では、子どもが溺れて死んだというような事はいっさい無くなったということです。
えんこう…「猿猴」とも書きます。カッパに似た高知の妖怪で、川に棲むといわれます。1394~1428年