父の故郷、高知へIターンを決意
東京生まれ、東京育ちの普光江(ふこうえ)玲奈さん。フリーで英語を教えたり、翻訳の仕事をしていたが、その仕事が一段落したことと、東日本大震災が起こり、将来に不安を感じて移住を決意した。その移住先に選んだのは、お父さんの故郷である高知県。「私は、子どものころの夏休みなどにはよく高知の海で遊んだりしていましたが、大人になってからは1回か2回来たぐらい。だから、自分にとって高知は見知らぬ土地という感じでした」と普光江さん。
移住してやりたかったのはカフェ。「本当はもっと年をとってから実現できればいいと思っていたのですが、土地勘もなく、仕事もなく、知り合いもいないところでゼロから始めるのだったら、この移住をきっかけにやってみよう」と思ったそうだ。
2013年の春、高知にやって来て、将来のためにすぐにカフェでアルバイトをスタート。自分が開く店ではお酒も出したいと考え、夜もブラッスリー(※1)でバイト。その店から独立した方が経営する居酒屋のオープニングスタッフとしても働いた。その全てが、将来に自分が店を持ったときのための勉強だったという。
2つの商店街が交差する角にオープン
そんなある日、街歩きをしている時に空き店舗として見つけたのが現在の場所。自己資金が足りない分は補助金を活用したり、金融機関から融資を受けて、2015年9月に無事オープンすることができた。普光江さんは「高知での人脈をつくるためにいろいろと出向いていたのが良かったですね。その結果が形となって表れたって感じです。この人脈を活かしたやり方や、経営相談を受けることで融資をしてもらえ、店を持つことができました」と話す。
店舗は、はりまや橋商店街と魚の棚商店街の2つの商店街が交差する角にあり、店の間口はウェルカムを表すように広く開いていて、1人でも切り盛りしていける大きさ。まさに、普光江さんが、思い描いていたカフェの形そのもの。
店の名前は「i cafe(アイ カフェ)」(※2)。「i」はinformation(インフォメーション)を表していて、「店主である私とお客さん、そしてお客さん同士が会話を楽しめる店にしていきたい」という普光江さんの思いが詰まっている。人気メニューはカリーパフというマレーシアのおやつ。「揚げ餃子とカレーパンの中間にあるような食べ物です。母がマレーシアに住んでいたことがあり、何度か遊びに行くうちに覚えました」と普光江さん。仁井田米や四万十鶏、宇佐のウルメイワシなど、高知ならではの食材を上手に外国料理にアレンジしたメニューが並ぶ。
以前のスキルを活かし、英会話レッスンを
オープンから約1年、常連のお客さんも増えた。また、商店街の方たちがコーヒーを飲みに来たり、近くの酒屋さんに外国人が来た時には、通訳として助っ人に行ったりと、近所づきあいも順調だそうだ。そんな「i cafe」で最近始めたのが英会話レッスン。カナダのバンクーバーで過ごした帰国子女である経験を生かして、気軽に英会話を楽しめる場所を作りたいと始めた取り組みである。英語に興味がある人や、仕事上、英語の必要性を感じて通う人もいる。レッスンは女性が多く、店のカウンター越しに、リラックスして受けられることが好評のようだ。
「いろんな人たちのおかげで何とか1年間続けることができました。これからは、自分のスキルを活かせ、人のためになることとして、英会話レッスンの方をもう少し伸ばしていけたらと思っています」と普光江さん。今日も、カウンターの前に座るお客さんに、料理や飲み物を出しながら、ニコニコと会話を楽しむ店主がいる。
※1 ブラッスリー:食事とお酒を提供するお店。
※2 i cafe(アイ カフェ):正式名称は「e」の上に「´」あり。
移住後に気づいたQ&A
Q. 知り合いのいない高知で、どうやって友人を増やしましたか。
A. 最初のうちは、お酒を飲める場所に行って1人でよく飲んでいました。そこで話しかけてもらったり、こちらから話しかけることで知り合いになることができました。高知では、このやり方がいい方法だと思いますよ。
Q. 県や市の移住担当者からのサポートは受けましたか。
A. 店をオープンするときに、移住担当者から商工会議所の方を紹介してもらったことで、補助金を利用することができました。移住担当者には、さまざまな相談ができたり、こちらで必要な情報を提供してもらえるので、これからもつながりを持っていきたいと思います。情報を持ってきてくれるのを、待っているのではなく、こちらから積極的に連絡を取ったり、訪ねていくことが大切ですね。