はるの昔ばなし
二十人役分のほうび
これは前の話のような悲痛な話ではありません。
「春兎〔うさぎ〕 通ったあとが百貫目」という土佐の俚語があります。これは野中兼山が、弘岡〔ひろおか〕の行当〔ゆきとう〕で土木工事をやっていた時にいわれたものです。
ある春の日、切抜工事の最中に、兎が一匹飛び出しました。みんな気づかないで仕事をしていましたが、昼の休みに一人の人夫が言いだしました。
「さっき、仕事をしよった時、兎が一匹飛び出したよ。」
「兎が?本当か。」
「そりゃ惜しいことをした。その時早く言ったらおさえるがじゃったに。」
「兎汁が食えるがじゃったに。惜しいことをしたのう。」
などとみんなにぎやかです。
この話が兼山の耳に入りました。
「あの人夫が、『それ兎だ』と騒いだら仕事はやまってしまう。だまっていたのは感心だ。」
というので、兼山はその人夫に山石百貫目に当るほうびを与えました。当時は石粉五貫目を一人役としていたので、百貫目といえば二十人役に当ります。つまり、見ぬふりでいたこの人夫は二十人役分のほうびをいただきました。
この事があって
“春兎 通ったあとが百貫目”
と言われるようになりました。
兼山が、一分一秒を惜しんで仕事の能率を上げた気持ちの産んだことばといえましょう。
前の話…第1話「八田堰の苦役」を参照のこと。
俚語…りご。俗言や俗語のこと。「俚言〔りげん〕」ともいう。